「ドンマイ」では無く「Nice Try」

日本の起業環境を語るときに多く言及される、「失敗に対する寛容度」。日本人は、あまり失敗を許容しない文化だという話だ。恥の文化とも関連付けられたりもしている。そして誰もが言うだろう、日本人はもっと失敗に寛容であるべきだと、そうでなければ今の時代に必要なイノベーションは生まれないし、起業文化も盛り上がらない。

 

ただ残念なことに、そのとおりになっていないことが多い。何かに挑戦して失敗した人にレッテルを貼ってしまってはいないか。人事考課はマイナス評価が基本で、組織で出世するのは(失敗の少ない)無難な人になってないだろうか。いかに「ミス」を少なくするかが上手い生き方という訳だ。もちろんミスはしないに越したことは無いのだが、リスクとその対価をセットで考慮して評価しなければ、ひたすら失敗を回避する思考に陥ってしまう。

 

何らかの失敗をした人にかける言葉、「ドンマイ」。言うまでもなく和製英語で、(誤った英語だが)「don’t mind」を短くして「ドンマイ」。野球などスポーツ現場で広まったようだが、日常的に使う人も、また使われる人も多いのではないか。野球コーチや野球少年は1日の練習で、何十回と口にしているかもしれない。

 

もちろん「気にするな」という意味で使われている。和製英語の意味をあまり深く考え過ぎるのもどうかと思うが、「気にするな」と言うことは、本来は気にすべきことだけど許してあげる、または自らを許してやれ、という意味を含んでいるのだろう。ちょっと上から目線だ。気にもしていないのに「ドンマイ」と言われてムッとしたことや、「お前に言われたくねえよ」と感じたことなどはないだろうか。そう感じてしまうのは、心が狭いからか。寛容な日本人なら、「許してくれてありがとう」と感謝するのが当たり前のようだ。

 

全盛期のイチローでも、3打席に2回は凡退、つまり失敗する。凡打したイチローに「ドンマイ」と声はかけはしないだろう。と言うことは、そのレベルに到達していない凡人、つまりほとんどの日本人は、失敗に対しての許しを請い続けなければならないのかもしれない。

 

ドンマイの語源は英語だが、失敗した相手に掛ける英語での言葉は趣がかなり異なる。それは、「nice try!」。直訳すると「いい挑戦・試みだ!」、「よくぞチャレンジした!」。「ドンマイ」と「nice try」を比べると、本質的な意味合いが異なることに気づく。そう声を掛けられた場合、どう感じるだろう。

 

「ドンマイ!」は、「もう失敗しませんように・・失敗したくない」、「そもそもそういう機会が到来しませんように」、野球少年なら「ボールが飛んできませんように」、「チャンスに打席が回ってきませんように」、と思ってしまうかもしれない。

 

「nice try!」は、「今度こそ上手くやってやる」、「はやく次の機会が来い!」、野球少年なら「オレのところに飛んでこい!」、「チャンスでオレに回せ!」、という気持ちにさせてくれそうだ。

 

「nice try!」のあとに続く言葉として、よく使われるものがある。「better luck next time!」。そう、失敗は「運」や「ツキ」の仕業だと考えると、とても気が楽になる。実際、人生の多くのことには「運」が大きく左右するのだから。「XXはメンタルなスポーツだ」、などと言われる。重要な局面でパフォーマンスを出すには、どんなスポーツであろうが、ビジネスであろうが、メンタルはとても重要だ。サラリーマンだって起業家だって野球少年だって、気持ちの持ちよう次第では火事場の馬鹿力も発揮し得るし、萎縮して実力を発揮できなくもなる。そして多くを背負い、重要な意思決定の局面が延々と続くスタートアップ経営も、とてもメンタルなスポーツだ。起業家には、常に「nice try!」、そして「better luck next time!」と声を掛けたい。