AIが人類にもたらす「すきま労働社会」、そしてその先とは

「人類の情報処理能力をはるかに上回るAIが普及した時、我々人類の働き方は一体どうなるのだろうか?」AIテクノロジーの驚くべき進化を目の当たりにして、こういった不安を抱える人も多いかもしれない。

このような不安の元凶の一つとなったのは、「近い将来、9割の仕事は機械に置き換えられる」と結論づけた2013年のオックスフォード大学(フレイ&オズボーン)の研究結果であり、世界で大いに話題になった。また日本では、フレイ&オズボーンと共に研究を進めた野村総合研究所が「これから15年で今ある仕事の49%が消滅する」という予想を発表し、これにより日本国内でも、「我々の職業はどうなってしまうのか?」という不安を一層強める結果となった。

もちろんこれら論調に異を唱える研究結果も発表されており、本サイトでも「AIロボットは人から雇用を奪うのか?」にて、最新の PwC の研究結果を紹介したばかりだ。

また、そもそもマクロ的な「AI による雇用喪失論」が、仕事現場の現実を理解していないという指摘もある。例えば、「『AIで仕事がなくなる論』のウソ」の著者・雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、それらAI 脅威論が「雇用現場を全く調べずに書かれている」と断言している。

身体性を伴う仕事は、AIによる代替が難しい

例えば、ケーキ屋さんのレジ係を想定した場合、会計・清算業務についてはAIロボットによって代替できるであろうことは想像にかたくない。しかし、ケーキ屋さんのレジ係りの仕事は会計・清算業務にとどまらず、ケーキの補充や陳列、サービングや箱詰め、包装やショーケース磨きや値札替えなど非常に多岐にわたる。

こうした仕事は機械的な情報処理だけではなく身体性を伴うため、実は AI だけでは代替が難しい。ケーキの補充や陳列などすべての仕事をAIとロボットで対応できるようになるのは、それぞれの仕事に対して繊細な動きが可能な機械(メカトロニクス)が必要になり、恐らく数十年先のこととなるだろう。ゆえに、AIによって「今後15年でなくなる雇用はせいぜい9%程度」というのが海老原氏の見立てである。なるほど、オックスフォード大学など過去の研究結果の一部に「雇用現場のリアルを正確に捉えられていない」という側面はありそうだ。

まず訪れるのは「すきま労働」社会

海老原氏の指摘するように雇用現場のリアルな状況を鑑みると、AIによる雇用代替のスピードは、一部のセンセーショナルな研究や報道ほどは急激ではないかもしれない。しかし中長期的には、今後のAI技術の進化によって、いま人間が担っている業務の多くが置き換えられていくことは間違いないだろう。中でもまず最初に代替されるのは、入力作業など単純事務処理系の仕事が挙げられるし、多くの人も納得するところだろう。

さらに、「単純労働」に限らず、これまでは長い年月をかけてスキルを磨き上げることで成立していた「熟練労働」も危機にさらされることになりそうだ。例えば「熟練労働」の一つ「寿司職人」は、何年と下積み・修行を行い、「シャリの炊き方」「ネタの最適な切り方」や「ネタに合わせた最適な握り方」というスキルを磨く必要があるとこれまでされてきた。「飯炊き3年、握り8年」と、業界では当たり前のように言われてきたらしい。もちろん近年ではそれらスキルが数値化・データ化され、(文化やブランドの伝承はともかく)短期的に寿司職人が養成できることが認められてきているが、いつかはその人間さえも要らずに寿司を握れるようになる可能性もでてきたのである。

では人間にはどのような仕事が残るのか。人間はどのような仕事をすればいいのだろうか。先の海老原氏の指摘に戻ると、ケーキ屋さんのレジ打ちに付随するさまざまな作業が挙げられる。そして寿司職人の例では、魚の皮を剥ぐ、湯につける、氷にくぐらす、シャリにネタをのせる、シャリとネタを海苔でくくる、などの作業は、少なくとも数十年は確実に残るであろう。つまり短期的には、熟練が必要でハイレベルな技術が求められ、付加価値の高い「やりがいのある仕事」がAIに取って代わられ、機械のやらない、できない、こまごまとした「すきま」を埋める作業が人間に残されることになる。

ただ覚悟しなければならないのは、専門知識が求められる知識労働でさえも、そう遠くない未来にはAIに代替されていくと予想されていることだ。なぜなら、「大量の情報データベース(ビッグデータ)による機械学習・深層学習を経た人工知能」の最も得意な分野こそが、そうした知識労働だから。例えば、AIによって危機を迎えるであろう代表的な知識労働の一つに弁護士業務があり、AIを活用するベンチャーなどによって「リーガルテック」と呼ばれる大きな事業領域が既に形成されている。

弁護士の仕事の一つの領域として、①大量にある判例を読み込んで自らの脳内にデータベースを構築した上で、②過去の判例に則って法廷で弁論を繰り広げ、依頼人にとって有利な判決を勝ち取ること、というものがある。②に関しては当面は人間が代替されることはなさそうだが、①の判例データベースの学習・構築はAIの最も得意な仕事なので、人間は逆立ちしても敵わない。

古今東西のあらゆる判例をインプットして機械学習を繰り返した「AI弁護士」が導き出した答えに従って、俳優が台本を読むように「人間弁護士」が法廷弁論を繰り広げる――。そんな役割分担がそう遠くない将来に生まれそうだ。「AI弁護士」が法廷に立つことを許されるかどうかはさておき、技術的にはそうした役割分担が十分に可能なレベルまで来ているということだ。

そうした「すきま労働社会」が訪れた時、果たして我々人類の働き方、生き方は一体どうなるのか?さらには、すきま労働さえ残らない完全自動化された世の中では、人間はどう生きればいいのか。そんな将来を過去の「古代ギリシア」や「ローマ帝国」時代になぞらえる人もいるが、果たしてどうなるだろう。

少なくとも、「何のために働くのか?」という問いに対して一人ひとりが真摯に向き合わなくてはいけない時代が、そう遠くない未来にやってくることだけは間違いない。